「運の良い人」は最後に運を頼り、「運の悪い人」は最初に運を頼む

 「僕は運が良いから」
 昔からそんな風に思っています。だからサラリーマンを辞めてフリーランスになる時だって、欠片ほどの不安もありませんでした。それこそ、周囲が心配するのが不思議でしょうがないくらい、何の不安もなかった。そしてその様子が、周囲からすればより一層不安をかきたてるらしかった。

 それからぼちぼち17年。特に大きく危機を迎えることもなく十分以上にやれているのは、やっぱり「運が良い」んだろうと思うところが大きいです。

スポンサーリンク

運が良かったからですと言う人ほど、運に頼ってないらしい

 先日久しぶりに版元の編集さんと酒を飲みにいって、色々話をしていたら、この運の話になった。
 「いや、きたみさんは運じゃないですよ」
 「そもそも成功してる人はみんな『運が良かった』って言うんですけど、見てきた範囲だとほぼ100%運じゃないです」
 「運が良いという人ほど、運に頼ってない」
 ということを言われた。

 自分がどうかは置いとくとして、確かに言われてみれば「運」というものに対して常々思うところはある。総じて、うまくいっている人は「運が良いから」と言い、うまくいってない人は「運が悪いから」と言う。そういう傾向はあると思う。

 うん、まあ、うまくいけば運が良いと思って、うまくいかなきゃ運が悪いと思うのは当たり前にも見えるんですけどね。でも僕の感覚だと、うまくいってないからこそ「運が良い」と思うこともあるし(それはまた別の話)、そもそも上で言う二つの事例は、「どの時点の運を述べているのか」が大きく違うように思えるのです。

最後は運頼み、まずは運ありき、この2つは似ているようでも全然違う

 たとえば「やるだけやりました、最後は運頼みです」と言う人。
 たとえば「チャンスがあれば俺だって」「運が巡ってきたらがんばります」と言う人。

 運を背中の後押しをしてくれる最後の一手と見るか、それとも最初の取っかかりを掴む幸運な出来事と見るか。
 どちらも同じ「運」ではあるけれども、前者は運があろうがなかろうが常に前へ進んでいるのに対して、後者は一歩も前に進んでない。結局両者をたがえるのは運の要素そのものではなく、運が転がり込んできていない時の過ごし方をどうするか、それに尽きるといつからか思うようになりました。
 さすがに40年以上も生きてると、どうにもこうにもその最後の一手が常に裏目に出てしまうという人も見てきているので、自分自身に対して「運が良い」としみじみ思う気持ちに変わりないですが……。

 人事を尽くして天命を待つ。
 要するに編集さんの言う「運に頼ってない」とはそういうことなんでしょう。そして、本人的には最後は運に恵まれたと思っているけど、編集さんから見れば当然の結果のように見えてくれているということなんでしょう。

 そない大層な……とは思うから自分自身にその言葉を当てはめたことはないですけど、仕事をする上では大事にするべき良い言葉だよねと思います。座右の銘にする人が多いのも、さもありなんとうなずける話。
 ちなみに自分の座右の銘は何かというと、「石橋を叩いて崩れそうなら走り抜ける」です。常に全力ダッシュの心構えでありたいものです。仕事が嫌で逃げる時も全力ダッシュです。

コメント

  1. ジェットストリーム より:

    深いですねー、でもいいお話ですね。

    私自身、きたみさんよりちょっぴり年下なアラフォーですが、就職は超氷河期で運が悪かった〜。でも諦めず頑張ってたら、希望の職種・希望の会社に就くことができました〜。お陰で若い頃からの憧れだったグッチも手に入れられて、運が良かった〜笑

    昔先輩から聞いた話。
    運の神様は前髪しかなく後ろはつるっ禿げ。神様が走ってきたところに、準備してた人は前髪を掴み運をゲット。準備してこなかった人は神様が通り過ぎてから気づいて追いかけるも髪を掴めず。

    ホント、人生はそんな感じですよね。

    • きたみりゅうじきたみりゅうじ より:

      やっぱり、自分で自分をほめてやれるように頑張るのが一番ですよね!

スポンサーリンク