割れたガラス

 小学生の頃、仲の良い4人グループでいつも動いていたことがある。具体的には「特に仲が良い」となる2人組がそれぞれにあり、そしてその2人組の中で、僕と相手方の1人もかなり仲が良かったので、気がつくといつからか4人のかたまりになっていた。
 そのバランスが妙に心地よくて、教室の休み時間はいつも集まってなんやかやと話してた記憶が残っている。

 特に仲の良かったNとは、帰り道も少し回り道をしながら、だいたいどちらかの家を経由して別れるのが当たり前になっていた。荷物を置いたらまた集まって、いっしょにプラモを作ったり、なにか他のゲームで遊んだり。とにかくお互いの家を行き来しては、そこに居着いて放課後もずっと一緒に遊ぶのが常だった。楽しかったし、大好きだった。

 少し気弱なところのある穏やかな性格は彼の優しさとすごく直結していて、うちの妹もよく懐き、ちょっかいをかけてきてはいつも遊んでもらっていた。思えば小学校のわずかな時間だったんだけど、今も妹が「お兄ちゃんの友だち」という時は、彼のことを指すらしい。

 それだけいつもNと遊んでいた頃だったけれど、夏休みだけはまた別で、8月は毎年母方の実家で虫を追っかけて毎日いとこと遊ぶ生活がお約束。日本の正しい田舎情緒という町で、ちょっとヤクザが多いのが玉にキズ。でも田んぼの虫取りに精を出すガキにはそんなこと一切関係ないから、1カ月ひたすら遊んで、笑って、喧嘩して、ためこめるだけの宿題をためこんで、真っ黒になって学校に戻る。それが通例だった。

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 その年もそう。ためこんだ宿題を片付けるつもりは一切なくて、「よしこっちに戻ってきたから、今日からはNと毎日遊ぶとしよう」なんてことを思っていた。

 ところがさて新学期、まわりを見回すもNの姿がない。風邪でもひいたかな?
 渡すプリントがあるというので自分がそれを代わりに受け取って、帰りに寄ってみることにした。

 Nの家に着いて、なにか違和感を覚えながらもチャイムを押す。反応がない。大きな声で「えーぬーくーん」と呼んでみる。いつもならここで優しげなNくんの母親が出てきてくれるんだけど、そんな気配もない。というか、人の気配がしない。
 ひょっとして、まだ夏休みの旅行から帰ってきてないとか、そういうことかな?

 「えーぬーくーん」

 また呼んでみる。返事はない。
 不思議と、翌日来れば会えるとかいう話じゃないような気がして帰れなかった。

 何度かそうして呼びかけていたら、隣の家から見知った顔の同級生が出てきた。

 「Nなー」
 ん?
 「夜逃げしたで」
 え?
 「夜中に荷物なんかいっぱい積んでなー、もう戻らんいうて俺プラモもらったもん」
 え?

 ずっと、「なんでだろう」と思いながらも見ないようにしていた玄関のガラスが目に入った。
 「なんで割れてるんだろう」
 「なんで割れたままなんだろう」
 そんな風に頭の中をチカチカしては気づかないふりをしていた言葉は、「だからか」に置き換わって脳裏に強く焼き付いた。

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 それからずいぶん時間が過ぎて、住む場所も関西から関東に移り、色々と縁があって本を出しますよとなった時、ふとあの時のガラスの割れた光景を思い出した。本名で活動していれば目立つなと。目立っていたら、Nが目にして、「おう久しぶり」なんてこともひょっとしたらあるかもしれない。「なんで黙って行ってまうねん」とひと言だけ伝えたかったその機会が作れるかもしれない。
 その妄想は、ペンネームにして身元を隠すことよりも、すごく自分にとってメリットがありそうな気がしたんですよね。

 それからさらに20年近くが過ぎて、さすがにもう会ってどうしようという気持ちもないんだけれど、ただ「あの後もどこか別の場所で元気にしていてくれたらいいなあ」とだけ思う。もし同じ気持ちを向こうも抱いていてくれたとしたら、「元気にしてるよー」と見せたいなあとも思う。

 そんなわけで、「ここにいますよ」「ここで元気にしてますよ」と見せたくて、ずっと実名。

 「なんでだっけ?」と自問した時、いつもあの光景が浮かんでくる。そうして、彼のことを思い出して、この結論に辿り着く。
 ある意味自分の原点なんだろうなと思います。

コメント

  1. ジェットストリーム より:

    うん、ただもう、きたみさんがN君といつか再開する事を心より願います。
    本当に、いつか叶うといいですね☆

    • きたみりゅうじきたみりゅうじ より:

      ありがとうございます。これ、この後さらに仲良し3人組の中から親に捨てられて施設行きになるやつが出てくるんですよね…。
      会うとかはもういいので、2人とも元気にしてくれてるといいなーってほんと思います。

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