土殺しと向き合う

 先週末に、いびつなお椀しか挽けずへこたれることになった陶芸。どのみち電動ロクロの基礎もままならない身だけに、へこたれるといっても「まだスタート地点にも立てていない」と再認識するだけの話で、それで何が変わるわけもなく。「継続は力なり」を実践して、自分の成長と、指先の感覚と、粘土との対話を深めるしかありません。
 そんなわけで、この週末も1日陶芸にふける日を作って粘土をこねこねしていました。

先週挽いた器たち。口を切りそろえて周囲を削ったことでそれなりの顔をしてますけど、そんなことをせず一発で挽いてこれにならないと電動ロクロを使う意味がありません。

 がむしゃらにやって上手くなれる年齢はとうに過ぎているので、まずはYouTubeで陶芸師さんの解説を見て頭の中でイメージトレーニング。
 ひとつひとつの段取りが、すべて自分の場合杜撰なんですよね。だから、そのひとつひとつの精度をまずは上げて行くのが大事。そうすれば、自ずと器もきれいな形に整ってくれるはずです。

 そこでまず「大事だな」と思ったのが土殺し。

 土殺しとは、電動ロクロに据え付けた粘土の固まりを、上に伸ばし下に縮めを繰り返す作業です。これによって粘土の粒子のねじれをなくし、中の水分を整え、ロクロ上で粘土が素直に動くようにする。これがちゃんとできていれば、自然と粘土の芯もとれて、ロクロ中央で一切のぶれなく回転する状態が作れるはず。

「素直に動く状態」が作れていない自覚はあるので、粘土にかける力の方向をああでもないこうでもないと試してみる。たまに上手く出来たと思える瞬間を反芻して、「上に伸ばすんじゃなくて上に伸びる」「力を込めるんじゃなくてきっかけを与える」などとブツブツ言いながらひたすら粘土と会話を続けます。

 手水の量や力の込め方、いずれも「粘土が自分から動いてくれるようきっかけを与える」ということのみに集中していると、粘土自体が正解を教えてくれる感じがしてきました。ちゃんときっかけを与えると粘土が自分から動くので、手はそれをアシストする方向へついていくだけになるんですよね。

 じゃあその感覚を使って器を作るとどうなるだろう。

 ってことで、1日土殺しだけで終わるのもさみしいので、いくつか器を挽いてみました。

サイズも形もバラバラだからまだまだだけど、これなら口をなめし皮でなめらかにして、高台部分を削るだけでよさそう。

 まだまだではあるけれど、この日は左手の親指と中指薬指あたりで挟んだ粘土がむにゅりと上に逃げる感覚を感じることができました。その、上に逃げる感覚についていくように左手をまっすぐ上に動かし、同時に右手は口が広がっていかないよう支えつつ粘土の上昇を妨げずについていってかつ口がなめらかになるようならし続ける。で、上に挽きあげたあと軽く広げてみて、どんな器になるかなーと試してみたり。残念ながら、そこはまだぜんぜん自分の思うとおりには指先でカーブを作れませんでした。

 でも、先週に比べたら大進歩だなあ。

 とりあえずこの感覚をもっと磨いて、上に20cmくらいまっすぐ挽きあげられるようになることと、同じ形・サイズでそれを繰り返せるようになること。その2点を当面の目標に据えたいと思います。

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